鬼平の平成目安箱

いつの世も悪は尽きない。日常の腹が立つこと、言いたい事、何でもこのコーナーでぶつけてみたい。余りにも目に余るこの世の悪は即刻打ち首獄門と致そうではないか。のう、ご同輩。

宮部みゆきに泣かされた

歳を重ねるとあちらこちらの締りが悪くなって、涙腺までがどうも止まらない。

宮部みゆきさんの小説は、私の弱い涙腺をさらに弱くした。

上の娘が半身浴と称して長湯を決め込む。その間、小説を読むのだ。

正月2日。朝、今日は新聞休刊日だ。早朝、新聞に目を通すのが日課だから新聞の無い日は何をして良いやら解らなくなる。

誰も起きてこない正月の朝、新聞は無い、コーヒーは入れたが詠むものが無い。

ふと、テーブルの上を見ると、ブックカバーをした本が置いてある。半身浴で読んだ本だろう。

「孤宿の人」(上)宮部みゆきと書いてある。

新聞の代わりにページをめくってみる。

最初の書き出しからのめり込んでしまった。結構なページ数だったが一気に読んでしまった。

読みながら、涙が止まらない。何とも不思議な時代小説。サスペンス風の人情ばなし。

すぐさま(下)を買いに走った。あった。またもや一気に読んでしまった。あっという結末。

予想もしないラスト。涙は止まらない。読んだ事の無い方のために、明日から何回かに分けてこの小説のあらすじをこのブログで紹介するつもり。

松井選手の引退が悔しい

 高校野球で関心があったのは、江川、松井、松阪ぐらいかな。もっとさかのぼれば、王や柴田といった往年の名選手の高校時代の姿を思い出す。

 その中で、強烈な印象は何と言っても星陵対明徳義塾の試合。松井秀喜に対する5打席連続四球だ。高校野球の前代未聞の出来事は、当時の社会問題ともなった。その5打席ともテレビの前で観戦した一ファンとして、不満顔を見せずに一塁に駆け足をした松井の顔のクローズアップは、「高校野球では僕とは勝負できないよなぁ」と思っているのではないかと感じるほど、冷静で自信たっぷりの顔をしていたように、私には思えた。

 その後の活躍はご存知の通りだ。プロ野球の人気に陰りが見えたのは、野茂やイチローがアメリカに渡ったからではない。松井までもがアメリカに行ってからだ。松井のホームランのように豪快なスタンドインが見られないプロ野球に、魅力を感じなくなった大勢のファンの気持ちは理解できる。今後は、長嶋や王のように、指導者として日本のプロ野球を背負ってほしいと願う。

犬の糞

犬好きであろうと猫好きであろうと、はたまたその他の小動物を好きでペットにしているのは自由ですからクレームのつけようがない。しかし、しっかり躾をしていただきたい。

いえいえ、ペットにではなく、おじさんおばさんに、だ。

きれいな住宅街でさえ、平気で糞を放置している。子犬のものであればまだしも(これもいかんが)大人ほどの大きく大量のモノをそのまま他人の家のまん前に。

本当は、犬のではなくておじさんおばさんの?

犬もしつければ所構わずに糞をすることはないそうだ。盲導犬を見れば解る。要は、飼い主の姿勢だ。少なくとも、後始末だけはして行け。

犬の顔

 日常生活に無くてはならない犬もいれば、どうってことも無い犬もいる。前者は「盲導犬」に代表される、いわゆる介助犬だ。さらには猟犬や牧場での犬だ。当事者の人間にとって切実な仲間だ。後者は、いわゆる「ペット犬」。飼い主の気ままで選ばれる。

 ところで、「うちの子はだんだん私に似てくるのよ」なんて言うのは、大体はペット犬。まぁ、そんな話のときの声は「猫なで声」だ。犬なのに。

 犬の顔が飼い主に似るってことは無い。断じてない。飼い主が犬の顔に似てくることがあっても犬が飼い主に似ることは無い。犬を連れて歩いている人の顔を観察してみてください。犬は犬の顔です。飼い主が犬の顔らしくなっています。ほら、そういえばそう感じるでしょう?